2011年02月28日(月)

工場の裏庭で見たドイツの工作機械の秘密

日本と異なる設計の根本思想

橋本 久義

 ドイツの首都ベルリンは、東西合併後、大変容を遂げた。かって「壁」で隔てられ、通行不能であっブランデンブルク門も、今では旧東側からも旧西側からも自由にアプローチできるようになっている。2010年末に訪れた私は大いに感激した。門の旧東側広場に立てられた巨大なクリスマスツリーが印象的だった。

 私が西ドイツのデュッセルドルフに赴任(1978~1981年)していた頃は冷戦体制が全欧州を圧しており、東西の壁が崩壊することなど、想像もできなかった。私は「俺の目の黒いうちは統一なんて無理だろうな」と思っていた。事実は小説よりも奇なりだ。

柵の向こう側は一見ゴルフ場のようだが

 当時、来独したお客様を案内する「とっておきのメニュー」の1つが、東ドイツとの国境の見学であった。日本には陸の国境がないから、誰もが興味を持ってくれた。

 西ドイツの丘から国境を見ると、高い鉄条網の柵(高圧電流が流れているという)が果てしなく続き、5メートル程の間をおいてもう1つの柵が平行に伸びている。

 2枚の柵の間を、獰猛そのもののドーベルマン犬が年中走り回っていて、逃亡者が来れば八つ裂きにしようと待ちかまえている(と説明板には書いてあったが、私自身は犬を見たことは一度もない)。

 それらの柵の向こうに幅50メートル程にわたって芝生が広がっている。「ゴルフ場のようだ」と言った日本人がいたが、正解は地雷原だ。

 地雷原(グリーン地帯)には約100メートルおきに監視塔(高さが律儀に11メートルなので「BT11」と呼ばれていた。BTはBeobachtungsTurm<監視塔>の略)が立っており、兵隊さんが機関銃で逃亡者を狙っている。

 また、監視塔と監視塔の間には数十メートルおきにカメラ付きの自動小銃がポールの上に据え付けられており、不審な人影を追尾して自動的に発砲する仕掛けになっている(そんな高度な追尾ができたのか、大いに疑問だが)。グリーンベルト(地雷原)の向こうに再びフェンスがあって、その先が普通の東ドイツ領だ。

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