2010年03月04日(木)

唯一の逃げ道は上場廃止?経営者の誤解と課題への対処法

IFRS最前線【第5回】

小尾拓也(ダイヤモンド・オンライン)

 「IFRSの適用によって、今後自主的に上場廃止を目指す企業が増えるのではないか」

 中堅企業を中心にコンサルタント業務を手がけるESリサーチの髙桑昌也社長は、このように予測する。

 その予測の背景にあるのは、「企業にとって、IFRS(国際会計基準)の適用準備にかかる手間やコストがバカにならない」という現実だ。

 前回まで繰り返し説明した通り、2015年または2016年の3月期から強制適用されるIFRSの適用準備には、中小企業だと最低でも1年、大企業だと2年もの時間を要すると言われる。

 企業規模にもよるが、会計システムの再構築や専門知識を持つ社員の採用など、社内のインフラ整備にかかるおカネも、数千万円~数億円は見ておく必要がある。確かに、関係者の手間やコストはバカにならないと言えるだろう。

株式市場からの「退場組」も? IFRSから目を背ける企業たち

 しかしだからといって、IFRSの適用を回避するために企業の自主的な上場廃止が相次ぐことなど、本当にあり得るのだろうか?

 実はこの指摘、「予測の域を出ない」とも言い切れないようだ。別のコンサルタントは、「まだ真剣に相談されたことはないものの、コンサル契約を結んでいるクライアント企業から、株式非公開化のメリットを尋ねられることが多くなった」と明かす。

 誤解なきように言っておくと、IFRSの適用によって企業が得られるメリットは、決して小さくない。近い将来、日本の会計が国際基準に統一されれば、世界中の投資家が日本企業の業績をより簡単に比較分析できるようになる。そうなれば、企業が国境を越えてより多くの資金を調達できる可能性が、これまでとは比べ物にならないほど広がるはずだ。

 だがそれは、「主にグローバル展開をしている大企業に限っての話」とも言える。国内展開しかしていない企業や、大不況で苦境に陥っている中小企業にとって、IFRS適用で生じる負担はやはり重い。彼らが抱える不安の大きさは、大手の比ではないだろう。

 株式市場を見れば、証券取引所から「退場」を命じられたり、自主的に市場から「退場」する企業は、ここに来て急増している。大不況の煽りを受け、株価の長期低迷、経営破綻、M&Aによる再編などが本格化しているためだ。たとえば、2009年における東京証券取引所の上場廃止件数は約80社と、 2000年以来の高水準となった。

  「上場コストを考えるとワリが合わない」と考える企業が増えているためか、新規上場企業も20数社と前年の半数以下に落ち込んでいる。

 髙桑社長が指摘するように、IFRSの適用によってさらに負担が重くなれば、「いっそ上場廃止を・・・」と考える企業が増える可能性も、否定はできない。

流通、外食、不動産業界で上場廃止企業が増える可能性も

 では、今後「上場廃止ブーム」が起きそうな業界とは、どこなのか?

 ある公認会計士は、「特に流通、外食、不動産などの業界で上場廃止企業が増える可能性が高い」と分析する。

 デフレの波に呑み込まれ、「安売り合戦」で疲弊し切っているこれらの業界の企業は、土地、大型店舗、ビルなど多くの不動産を抱えている。IFRSの適用で不動産の時価評価が本格化することにより、彼らの資産は今後大きく目減りする恐れがある。

 また、「本社の管理部門にはもともと現場のアルバイトや店長から昇格した人も多く、財務に疎い責任者が他の業界より多い」(公認会計士)という傾向もある。こういった業界特有の事情により、上場廃止ブームが起き易いと考えられるわけだ。

 2000年代前半以降、資金調達を目指すベンチャー企業が上場基準の緩い新興市場へと流れ込んだ結果、空前の「IPO(新規株式公開)ブーム」が起きた。今度は逆に、中小企業が上場廃止を目指すトレンドが広まるかもしれない。

 とはいえ、「非上場企業になれば本当に負担が減るのか」と問われれば、答えはノーである。もしもそう考えている経営者がいるとすれば、「早計」と言わざるを得ない。

 案外知られていないことだが、昨年開催された金融庁の審議会では、「非上場企業へのIFRS任意適用の取り扱い」にも議論が及んでいる。

 そこでは、国際的な財務活動を行なっている上場企業の子会社などは、IFRSに基づく連結財務諸表作成のニーズがあるのではないか」という趣旨が提言された。

 将来、強制適用が取り沙汰される心配こそないとはいえ、社会的影響力が大きい非上場企業が国際基準に則した会計に取り組もうとするニーズが出てくるのは、「むしろ当然」と考えられ始めているのだ。

  必然的に、企業を取り巻く利害関係者の目も厳しさを増すことになる。IFRSを任意適用する場合としない場合とでは、取り引き先やお客に与える「信頼感」は、大きく違ってくるだろう。

 またIFRSの適用は、経営の効率化につながるメリットもある。企業にとって、これまでの会計システムやノウハウを、1から見直すきっかけになるからだ。

“にわかIPO企業”にとってIFRSは経営効率化のきっかけに!

  「今、上場廃止を考えているような企業には、IPOブームに乗じて準備不足のまま上場した企業も少なくないのでは」と、前出の公認会計士は語る。そういった企業は上場後も会計制度や内部統制がうまく機能しておらず、なおさらIFRSの適用準備に悪戦苦闘している可能性が高いからだ。

 “にわかIPO”を行なった企業のなかには、「上場時にパートで雇った素人の経理部員をCFO(最高財務責任者)に任命し、今もそのまま財務のトップを任せている」「自分の会社の不正経理を、社長やIR担当役員がニュースを見て初めて知った」などというケースも実際にあるという。これでは、IFRS対応などスムーズにできるわけがない。

 ただし、IFRS適用における「見直し作業」は、経理部門だけでなく、ありとあらゆる部門が対象になる。新たな個別・連結財務諸表の作成に対応した会計ノウハウの構築が求められ、場合によっては現場における伝票処理のやり方まで見直しが求められるケースも出てくるはずだ。

 こうした見直しを進める上で、経営陣以下全社員が「業務フローの改善」を意識する雰囲気が広まれば、経営の効率化は飛躍的に進むだろう。

 現在、IFRSの先行適用に取り組んでいる日本企業は、大手の一部しかない。それを考えても、関係者にとって確かにハードルが高い取り組みであることは事実だ。

 だがIFRSの適用には、「国際基準に照らして、経営実態をより正確に開示することにより、市場の信用に耐え得る企業へと成長できる」という利点があることを、忘れてはならない。「上場廃止」というテクニックに走ったところで、結局経営そのものを改善することはできないのである。

 第2回でも紹介したように、ITベンダーやコンサルタント会社が提供する「IFRS導入支援サービス」は、高いものばかりではない。実際は、お手頃なものから本格的なものまで多岐に渡っている。もしも上場廃止を考える経営者がいるならば、まずは自社の懐具合に見合った導入支援サービスを試してみてはいかがだろうか。

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