経営戦略 [PRESIDENT Online] 2010年02月02日

なぜアサヒビールの社員は1%も辞めないのか

私は社長を男にしたいと思っています

 愛社精神はどうやってつくられるのか――。バブル崩壊以降、日本企業は終身雇用、年功型賃金、手厚い福利厚生といった愛社精神を支えてきた仕組みをことごとく捨ててきた。加えて会社と社員はイコールパートナーであり、意に染まなければ辞めてもいいと広言する経営者もいた。

 その結果、社員の離反を招いた反省もあるのか、最近では揺り戻しによる“社員大事”経営が流行っている。しかし、いったん失われた愛社精神を一朝一夕に取り戻せるものではない。

 その中にあって、今でも旺盛な愛社精神を維持しているのがアサヒビールである。それを象徴するエピソードがある。同社は07年GPTWジャパン(Great Place to Work Institute Japan)が調査した日本における「働きがいのある会社」の5位に選ばれた。同調査はアンケートによる社員の生の声を分析して評価するもので、米国では経済誌「フォーチュン」が毎年1月に「ベスト100」を発表する著名なものだ。

 そのGPTWの共同創設者のロバート・レベリング氏がアサヒビールを訪問したときのこと。現場の営業マンに会いたいという要請を受け、通訳付きのインタビューが始まった。

 レベリング氏が「あなたのモチベーションとは何ですか」と質問をすると、ある営業マンは「私は社長を男にしたいと思っています」と発言。咄嗟には通訳も訳せず、なんとか説明して意味を理解したという。「社長を男にしたい」とは、まさに経営者と社員の信頼関係を象徴する日本的表現である。入賞したベスト25社の中でもとりわけ同社の社員が認識しているステートメントは「この会社で働いていることを、胸を張って人に言える」だった。

 同社の丸山高見・執行役員人事部長は「当社はよく体育会的と言われますが、誠実で熱い人間が多く、集団になるとすごい力を発揮してくれる。それから愛社精神が非常に強い。調査をすると会社と経営者に対する信頼感が図抜けて高い。社員自身、経営者が自分たちのことを大事にしてくれていると感じていることが大きい」と指摘する。会社と社員の信頼の絆を示す指標の一つが退職率であるが、同社の過去1年間の自発的退職率は0.9%と極めて低い。

 愛社精神を支えている要素は決して一つではない。いくつかの要素が多様に紡がれて構成されている。もちろん目に見えるものとして福利厚生も重要だろう。確かに同社は社員が自由に物件を選択できる社宅制度のほか、旅行や教育などの福利厚生メニューを自由に選べるカフェテリアプランの付与金額は年間12万ポイント(1ポイント=1円)と他社に比べても遜色のない高さを誇る。ただし、それだけではないだろう。

 その一つが数十年続いている先輩と後輩の“熱い紐帯”を醸成する「ブラザー(シスター)制度」だ。同社の新入社員は4月の導入研修後に現場に仮配属され、9月の正式配属までにOJTを受ける。

 その間に新入社員1人に先般社員1人が「ブラザー」として張り付き、公私にわたり面倒を見る。ブラザーになる社員は公募で選ばれ、仮配属までの期間にリスニングなど新入社員対応プログラムを学習して臨む。もちろん、ブラザーも自分の仕事を抱えながら面倒を見ることになるが、応募者は多いという。

「ブラザー自身も先輩に教えられ、勇気づけられた経験を持っており、やりがいを感じて応募します。期間中はブラザーが責任を持って研修の手配も行い、自分の教え子なのでしっかり教えてくれとブラザーが窓口となって他の部門に依頼します。新入社員がいつもどんな状況にあるか日誌なども全部見て常にチェックし、何でも聞ける兄貴的存在になります」(丸山人事部長)

 ブラザーは入社3年目から40歳ぐらいと幅広い。担当するのは4カ月ほどであるが、そこで培われたつながりは一生のつきあいに発展するという。

「社員は先輩の真似をして育ちます。私自身、先輩にさんざん世話になったし、つきあいは今でも続いています。会社が好きなのは、人間集団が好きということでもあります。いつも先輩、同僚、後輩の顔が浮かんできますし、彼らに大変世話になりながら経験を積みました。その原点がブラザー制度なのです」(丸山人事部長)


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