入社1年後にトップセールスへ 1年364日働いた起業時代
福島県出身の山口恭一が「経営者になる」と決意したのは、大学受験に失敗して東京の高田馬場に下宿していたときだった。予備校に通って浪人生活をしていたある日、高校時代の同級生と会った。現役で大学に合格していた彼らは、「商社マンになる」、「新聞記者になりたい」と話している。
トータルサービス 山口恭一社長山口には、彼らのような明確な進路は定まっていなかった。山口の親は「4年間大学に行かせてやる」と言ってくれていたが、4年後も仕事の選択に迷う自分が見えた。同級生と同じ道を歩んでも、周回遅れであり、彼らの下になるのも嫌だった。残された道は中小企業に入るか経営者になるか。いわば消去法で経営者を目指すことにしたのだ。
周囲の大先輩に聞くと、経営者には「営業型」と「技術型」があるという。技術はないので、営業型しかない。「どうしたら営業力が身につくか」と聞くと、「自分を売り込む、飛び込みセールスは力がつくよ」と教えてくれた。
そこで飛び込みセールスをやっている会社を探した。当時19歳、高卒で入れる会社が、たまたまレジャー会員権を売る会社だった。しかし、最初はまったく売れなかった。毎日毎日10キロ以上も歩き回ったのだが、一向に売れない。
どうしたら売れるか、と先輩に聞くと、「売れている人の真似をしてみればいい。売れない人の反対をやればいい」と教えてくれた。
売れていない人は、勉強しない、サボる、訓練しない、愚痴っぽい。この反対を実践してみるとアポが取れた。山口を可愛がってくれていた先輩が同行してくれ、続けて2口も売れた。これで勢いがついた。次々に契約が決まった。6ヵ月目には年上を含む2人の部下がいた。
1年経つと課長に昇進、部下は20人もいた。部下の育成がうまくいき、他の課の3倍~6倍も売った。最大60人のほとんどが年上という部下を持ち、年収は1500万円(現在の3000万円相当)にも達していた。
営業で1番にならないと次が見えないと思っていた山口だったが、1番になった。「うちへ来ないか」。山口は、取引先などあちこちの会社から誘われた。しかし山口の目標はあくまで「経営者」だった。
ところが、何をやればいいかがわからない。いろいろな人に聞いてみた。すると、「新規客を常に取らなきゃならないところは、不況のときに潰れる。汚れる商売はリピート・オーダーがあるからすたれない」という人がいた。山口は「これだ!」と閃いた。
そこで店舗の大掃除代行業をやることにした。これだと、場所がいらない、在庫がいらない、お金がいらない――でできる。店舗の側でも、従業員に掃除をさせると辞められる、店舗が綺麗になればお客さんが増える、などのニーズがあった。

山口は自分の資金200万円と母親からの170万円を元手にしたが、このカネは使わず、運転資金を潤沢にした。クルマや機材はローンを組んだ。今でもキャッシュフローは極めて良い。
不況にも強く、銀行再編時の貸し剥がしにも負けなかった。25歳で「店舗の出張クリーニング」山口商会を創業、自分の賃貸マンションが会社だった。アルバイト2人を使っての起業で、1年目は364日働いた。
朝3時半に起床して、4時半には花屋のテントをクリーニングに出かける。これが終わると、牛丼屋で朝食、自宅に戻ってシャワーを浴び、営業に出かける。
この間、アルバイト2人に清掃を指示、終わった頃にまた戻って、きちんと清掃されているか確認、その後また午後11時ごろまで営業に回るという毎日だった。
清掃は、時給を高くしても基本的にアルバイトにやらせた。山口は営業専門だった。経営者が自ら清掃をやっているところもあったが、「一緒に清掃をやっていたら、今の自分はなかった」と山口は述懐する。自分しかできないことを山口がやったため、仕事は順調に拡大していった。
自宅マンションから六本木のワンルームマンション、新宿の10坪、新宿ワシントンホテルの隣の3LDK(34坪)のマンションと、本社も業容とともに成長した。
米国視察で受けたカルチャーショック
外壁再生ビジネスでFC展開図る
そんな山口に、大きな転機が訪れたのは1987年のことだった。84年ころから先輩経営者に、米国のクリーンビジネスのレポートを貰っていたのだが、周囲から米国行きを強く勧められたのである。思い切って旅立った米国で、山口は大きなカルチャーショックを受けた。日本には、オフィスビルの外壁を洗うという概念がそもそもなかった。
フランチャイズ契約の仕組みも学んだ。加盟店が育つまでは手間がかかるが、育ったらやることは少なくなるなど。当時の日本では、フランチャイズといえばマクドナルドやセブン・イレブンなど外食やコンビニが多かった。
こうして山口は、外壁再生ビジネスで特許技術があり、組織もしっかりしているスパークルインターナショナルとFC契約を結んだ。すでに日本の大企業が買いに来ていたが、山口の熱意が勝って、交渉をひっくり返した。
さらにライセンス料の1億5000万円を、値切りに値切って1億円にしてもらい、しかも分割払いまで認めさせた。粘り勝ちだった。実は、銀行からは4000万円しか借りられなかった。
しかしこのビジネスは、長く産みの苦しみを味わった。ビルの外装工事の経験者を採用して、米国に1ヵ月もの研修に行かせたが、「日本では無理だ」というばかり。そこで頭を切り替えて、未経験でも発想が柔軟で素直で、会社に愛着のある若い社員を再度派遣した。これは上手くいった。
若い社員たちは素直にアメリカ本部の教えを実践し、柔軟に吸収してきた。そして営業開始。「ニュービジネス」としてマスコミに報道されたが、なかなか仕事は取れなかった。
そんななか、注目されたのが東京ドームの屋根の骨組のクリーニングだった。ゼネコンの見積もりだと、足場を全部組むため億円単位のカネがかかった。しかし山口のスパークル・ウオッシュならクレーン車を使うので足場が不要で、期間は半分で済む。金額は僅か6000万円で済んだ。この実績は効果的だった。
その後、東京サミットのときの迎賓館の外周部のクリーニング、ライトアップするため隅田川に架かる永代橋など7つの橋のクリーニング、大喪の礼に伴う首都高速道路のクリーニングなど、次々受注した。洗うだけでなく、汚れ防止加工もやるので、依頼主には外観がきれいに保てるという利点もあった。
次に米国に行った山口は、オフィス引越しの際に発生する天井の除菌・消臭・パウダーカラーコーティングのシーリング・マジックに目を付けた。日本だと毎回ペンキを塗り替えるが、3回も塗ると張り替える。そうすると天井が燃えやすくなるし、臭いもひどい。
シーリング・マジックを使えば、重ね塗りが 12回以上できる。天井は120年、つまりビルを建て替えるまでもつという。この技術も導入、FC展開して官公庁や大手不動産会社、大手ゼネコンに認められ、今では毎年120万平米の施工実績がある。
社内から20人の経営者輩出の目標
山口は2027年に経営交代宣言
この後も、ブラインド・クリーニング(93年からFC展開)、バスルーム再生ビジネス(95年からFC展開)、クルマの内外装の修復・再生ビジネス(96年からFC展開)など、米国から導入したクリーニング・再生ビジネスで、「捨てない、壊さない、取り替えない」をテーマに、続々とFC展開を果たしていった。
当初加盟店は、山口の会社より大きな会社ばかりだった。大阪ガスの子会社も加盟店になった。仕事を受注しやすいビル関連、住宅関連、クルマ関連の法人ばかり。
同社FCの特徴は、
●景気による浮沈がない
●差別化商品を持っているので値引き競争に巻き込まれない
●固定費が少なく粗利が大きい
●大企業が参入しない
●他の中小企業と比べモバイル・PCの使い方がうまく、情報共有・情報発信が速い
●20年後も絶対存在する ――など。
山口は、中長期ビジョンとして、2015年までに1000FC(2009年3月に達成)と、ビル・住宅・クルマ関連事業以外にもう1つの大きな柱を立てること、そして、社内から20人の経営者を輩出すること、を掲げた。

経営者はすでに15人輩出している。中には入社半年、企画書1枚で7000万円の投資を受けて新規事業を立ち上げた者もいる。独立希望者には、銀行の紹介からトータルサービスとの提携まで、様々な支援が行なわれる。山口が独立支援制度をやっているのは、いい人材が欲しいからだ。
リーダー育成の難しさを痛感しているだけに、常に中途採用の人材は募集している。「いいリーダー候補がいたら、仕事が無くても採用する」というほど。また、若手リーダーとのコミュニケーションの時間も、年30日間も取っている。
初年度、出社しなかったのはたったの1日だった。それが昨年、山口が会社に出社しない日は年間170日あった。
今後も段階的に出社日を少なくして、やがて来る2022年には後継者を決定しようと考えている。つまり権限委譲を進めているということだ。バトンタッチの手法はMBO(マネジメント・バイアウト)することに決めている。
「一生はタイムマネジメント、必ず終わりがあるのだから期限を区切らないのはおかしい」という山口は、社長交代の時期も決めている。今やっている仕事は、人事、新規事業、財務、事故・クレーム責任者だ。経営者は事故・クレームの第一線から逃げてはならないというのが山口の信念だ。それがノウハウとなり、会社の強さになると信じている。
そして2027年に経営をバトンタッチする。それができなければ会社を売却する考えである。
経営者としての「出口戦略」まで決めている異色経営者、山口に残された時間はあと17年である。
●会社名:株式会社トータルサービス
●設立年月日:1982年5月
●代表者:代表取締役 山口恭一
●上場市場:未上場
●事業内容: ビル関連事業、住宅関連事業、車関連事業
●資本金:7800万円
●売上高:16億円(2009年2月期)
●従業員数:60名
●本社所在地:東京都新宿区西新宿
