にっぽん経営サミット

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2010年01月29日(金)

「ガラパゴス化」が絶滅の道をたどる理由

「必要は発明の母」を正しく理解する

 JBpressに執筆した前回のコラム(「『知識』の果実を手に入れる難しさ」)において、筆者は次のようなことを述べた。イノベーションの源泉は「知識」であること、知識の基本的特徴として、利用の「非競合性」がある(多数の企業・人が同時に自由に利用できる)こと、そして、それが原因となって、知識は「専有可能性」が限られている(知識が生み出す利益を独占するのが難しい)こと、である。

 知識の非競合性は、もう1つの重要な帰結を持っている。それは、知識を利用できる市場の大きさが、知識の開発や改良を促す重要な要因となることである。

 知識の利用が非競合的であることは、知識の利用者が拡大しても追加的な費用がかからないことを意味している。したがって、知識を利用する市場が拡大すれば(知識を利用する人が増えれば)、その知識の開発や改良がもたらす収益は大きく高まる。

 これは非常に単純な点であるが、以下に述べるように、技術経営に大きな意味を持っている。

電卓という液晶の用途を発見したシャープ

 液晶をディスプレー装置として利用する技術的可能性は、1960年代に米国企業RCAによって最初に示された。それにもかかわらず、それを実際にビジネスとして実現したのは日本のシャープであったのはなぜか。

 その重要な要因は、シャープが電卓という、まだ発展途中であった液晶を活用できる用途を発見したからである。

 電卓に活用することで、液晶の改善のための研究開発費を回収することが可能となり、「液晶の質の改善→液晶市場の拡大→さらなる質の拡大」という好循環過程をもたらすことになった。その結果、液晶の大型化も進み、PCの表示装置、ついでテレビの表示画面にも利用可能となった。

 RCAは当初からテレビの表示装置としての利用を考えていたが、技術課題が多すぎ、研究開発を途中で放棄することになった。

 他方で、シャープは電卓という用途を発見できたことが、最終的にはテレビの表示画面にも適用することができるような液晶技術の進歩を可能としたのである。

ローエンド市場に参入した企業がなぜ競争優位に立つのか

 ローエンド市場に参入した企業が、最終的にはハイエンド市場への参入にも成功することがしばしば観察される。

 例えば、複写機市場でキヤノンは当初小型複写機に参入したが、最終的には大型複写機市場を独占していたゼロックスと大型複写機市場でも競争できる技術力を獲得することとなった。

 また、クリステンセンなどによって研究されたPC用のハードディスクドライブの市場でも、容量が少ない小型のディスク市場に参入した企業が、より大容量のドライブを生産していた既存企業を市場から駆逐することになった。

 このようにローエンド市場に参入した企業がハイエンド市場への参入企業に対して長期的に優位に立つ原因も、「市場の大きさ」がイノベーションの誘因に重要であることから理解することが可能である。

イノベーションへの誘因のカギは「販売数量」

 製造業におけるイノベーションを、製造工程のイノベーション(プロセスイノベーション)と製品のイノベーション(プロダクトイノベーション)に分けて考えてみよう。まず、プロセスイノベーションに注目する。

 市場に参入することによって得られる粗利益(研究開発費用を差し引く前の利益)は、次の式で表せる。

 (製品の価格p - 製品の原価c) × 販売数量(q)

 ハイエンド市場の場合は、ローエンド市場の場合と比較して、製品の価格が高く、販売数量が低い。価格と数量の両方の水準が相反するので、短期的にはハイエンドとローエンドのどちらの市場に参入した方が有利だとは言えない。

 しかし、長期的なプロセスイノベーションへの誘因は、ローエンド市場参入企業の方が大きい可能性が高い。

 というのは、製品単位当たりの製造コストを同じだけ削減した場合(例えば新しい製法による材料等の削減)、ローエンド市場に参入している企業はハイエンド市場に参入している企業より販売数量が大きいので(qL> qH)、「コスト削減から得られる利益」がハイエンド市場に参入している企業よりも大きいからである。

 つまり、削減した単位当たりの製造コストを「△c」として利益を比較すると、次の関係が成り立つ。

 Δc×ローエンド市場の販売数量(qL) > Δc×ハイエンド市場の販売数量(qH)  

 このように、ローエンド市場の方がプロセスイノベーションからの知識をより広く(より多数の製品の生産に)使えるために、プロセスイノベーションに必要な研究開発や技術導入費用の回収はより容易であり、プロセスイノベーションが実現しやすいのである。

 このため、短期的に2つの企業が同じ利益を獲得していても、長期的にはローエンド市場に参入している企業の方がコストを早く下げることとなる。そ の結果、両方の市場が統合された段階(消費者が両方の製品を比較して購入するようになった段階)では、ローエンド市場の企業が競争優位に立つことになる。

ローエンド市場に参入した方が品質改善で得られる利潤が大きい可能性も

 プロダクトイノベーションについても、上記に類似したメカニズムが作用する可能性がある。

 仮に、ローエンド市場とハイエンド市場で、製品に品質改善があった場合、それぞれの市場で消費者が製品当たり「支払ってよい」と考える価格が同様に上昇するとしよう。

 この場合、企業の利益は「価格の上昇分 × 販売数量」だけ上昇するので、プロセスイノベーションの場合と同じように、ローエンド市場に参入した企業の方が、品質改善によってより多くの利潤を獲得できる。

 ただし、同じ品質の改善に対して、ハイエンド市場の消費者の方が「もっと高い値段でもよい」と評価すれば、結論は逆になる可能性もある。だが、そのような効果が、消費者数で評価した市場の広さの差ほど大きくなければ、長期的にはローエンド市場に参入している企業の方がコストを早く下げ、同時に品質 も早く改善することになる。

 知識を広く活用できる市場に参入した企業の方が、長期的なイノベーションパフォーマンスは高いのである。

「ガラパゴス化」は危険な選択

 これまでの分析は、日本の携帯電話機メーカーなどで問題になっている「ガラパゴス化」、つまり日本のエレクトロニクスメーカーが世界市場から撤退して、日本のハイエンド市場に特化することが危険な選択であることも明確にしている。

 海外市場(ローエンド市場)でほとんど利益が出ない、場合によっては赤字であっても、長期的なイノベーションへの強い誘因を維持していくには、海外市場への参入を維持しておくべきである。

 世界市場からの撤退は、ガラパゴス島での独自の進化を可能とするというよりは、商品の進化の速度を遅くして、生存競争に負けて絶滅する危険をもたらすと考えるのが正しい。

必要とされる数が大きいほど、発明が促される

 以上、イノベーションの長期的なパフォーマンスを規定するのは、知識の用途の発見であり、その拡大であることのメカニズムを説明した。

 このメカニズムは、「必要は発明の母」というイノベーションの経済学で最も重要な命題(の1つ)には2つの補完的な意味があることを示している。

 まず、「必要は、発明が解くべき問題を明らかにする」という通常の意味(情報としての役割)がある。それに加えて、「必要は発明へ市場を与え、発明への誘因をもたらす」という意味(誘因という役割)である。後者を理解することが、研究開発のマネジメントの基本の1つであると言えよう。

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