2010年07月08日(木)

国内企業は今、SaaSをどう見ているのか?

認知は進んだが導入率は伸び悩み。メリットを明確なビジネス価値に変えるために、ベンダー/ユーザー企業の双方で意識改革が求められる

甲元宏明 アイ・ティ・アール シニア・アナリスト

国内ユーザー企業のSaaS利用状況

 SaaSは、ASPの進化形として登場したものだが、今やクラウド・コンピューティングの代表的な形態の1つとして広く認知されている。図1に示すのは、筆者が所属する調査会社のITRが業務/システム領域ごとに実施している国内市場調査で明らかになった、SaaS/ASPの導入割合が高い領域とその比率だ。

図1:SaaSの導入比率が高いシステム領域
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  ご覧のとおり、SaaS/ASPの導入割合が最も高い領域は、SRM(Supplier Relationship Management:サプライヤー関係管理)である。SRMは、インターネットを利用して企業間での購買/調達業務、および関連する情報の共有を行うためのものなので、SaaS/ASPの比率が高いのは容易に理解できるだろう。

 2番目にSaaS/ASPの導入割合が高い領域は、LMS(Learning Management System:学習管理システム)だ。この領域の比率が高いのは、LMSでは基本的にコンテンツの価値が重要であり、システム機能に対するカスタマイズ要求が低いためだと考えられる。

 3番目にSaaS/ASPの導入割合が高い領域はCRMだ。この領域では、SaaSの牽引企業の1つであるセールスフォース・ドットコムの存在感が強く、実際に同社はSaaS/ASP形態で提供されるCRMの市場で41%のシェアを占めている。そこに刺激を受け、近年多くのCRMベンダーが SaaS/ASPで製品を提供していることが、この高い導入率の一因だと言える。

 また、基幹システムであるERPのSaaS/ASP比率が12.1%であることに驚かれるかもしれないが、この領域におけるSaaS/ASPの用途の約90%は人事/給与分野である。人事/給与は基幹系業務の1つではあるが、間接業務であり、販売/請求などのオペレーションやフルフィルメントの直接業務を支えるシステムではない。これが、SaaS/ASPの比率が高くなっている理由だろう。

 なお、図1に示した領域以外のSaaS/ASP導入率は総じて極めて低く、高い領域でも数%程度にとどまる。こうしたことから、国内企業向けソフトウェア市場全体におけるSaaS/ASP導入率は、まだかなり低いと言ってよかろう。

今後SaaS利用が進むと思われる領域

図2:パブリック・クラウドを利用したい領域
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 それでは、今後企業内でSaaS化が進む領域があるとしたら、それはどこだろうか。図2に、国内ユーザー企業に対してプライベート・クラウドで利用したい業務/システム領域を尋ねた結果を示す。

 この結果を見ると、情報共有/ポータル、電子メール、スケジュール共有といったコラボレーション/コミュニケーション領域と営業支援領域が多いが、すでに営業支援領域のSaaS化は進んでいるので、今後はグループウェアや電子メールなどのコラボレーション/コミュニケーション領域のSaaS化が進むと予想される。

 一方、受注販売や物流管理、購買、生産管理のような基幹業務領域のSaaS化はさほど進まないだろう。

 次に、コラボレーション/コミュニケーション領域において、現在のシステム形態と将来希望するシステム形態について聞いた結果を図3に示す。

 現在は、自社、または社外のデータセンターに自社所有サーバを設置する、いわゆるオンプレミス型システムの比率が83.7%と圧倒的に高く、社外サービス(ASP/SaaS)を利用している企業は11.2%にすぎない。

図3:コラボレーション/コミュニケーション・システムの利用形態
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 しかし、将来希望する形態については、オンプレミス型システムが高い傾向は続くものの、その割合は45.6%と大きく減少し、社外サービスが26.8%と倍以上に増加している。この領域におけるSaaS利用に対する前向きな意向の強さは、企業規模にはさほど左右されず、強いて言えば大企業のほうが意向が強いことが分かっている。

 筆者は、国内ユーザー企業の情報システム部門の方々と話をする機会が多いが、コラボレーション/コミュニケーション・システムの SaaS形態への移行を真剣に検討している大企業が思いのほか多いことにはいつも驚かされる。

SaaSにまつわる課題と対応策

 さて、ここまでのデータを見る限り、SaaSの将来は明るいように思える。だが、果たして本当にそうなのだろうか。ITRが毎年実施しているIT投資動向調査におけるSaaS導入実施状況の変化を図4に示す。

図4:SaaS実施状況の経年変化
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 図4を見ると、2004年度から2008年度にかけて「1~3年以内に実施予定」の割合は増加しているが、「すでに実施」の割合は増えていない。また、2009年度は「1~3年以内に実施予定」の割合は横ばいで、「すでに実施」の割合は大幅に減少している。

 前述のコラボレーション/コミュニケーション・システムのように、今後、SaaSの利用割合が増加すると思われる領域はあるものの、全体としてはSaaSに前向きな国内ユーザーは増えるどころか減少に転じているのだ。

 SaaSが国内ユーザー企業に認知されて久しいが、この統計データはSaaSに対して幻滅している企業が多いことを示唆している。現に、国内SaaSベンダーの関係者と話していると、ユーザー数を増やせずに売り上げや利益を伸ばしあぐねているところが多いと感じる。

ベンダー、およびユーザー企業が取るべき対策

 図5に、ユーザー企業がSaaSの利用を躊躇する主な理由を示した。この図では、それぞれの理由に対して SaaSベンダーとユーザー企業がとるべき施策も記している。SaaSがユーザー企業に何の価値ももたらさないのなら、ユーザー企業がSaaS利用のための対策を取る必要はない。だが、決して万能ではないものの、適用領域を適切に選択すれば、SaaSはユーザー企業に多くの価値をもたらす※1。

 ※1 本稿はSaaSの導入状況の紹介を主目的としているため、SaaSの価値や適用領域の選定方法などの詳細についての解説は割愛する。 

図5:ユーザー企業がSaaS利用を躊躇する主な理由とその対策
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  まず、セキュリティについて考えてみよう。第三者の視点で、ユーザー企業のオンプレミス・システムとSaaSベンダーのシステムのセキュリティ・レベルを比較したとき、後者のほうが優れているのは明らかだ。また、SaaSのセキュリティ・レベルが自社のセキュリティ要求/ポリシーに合致しないことが原因で SaaSの利用をやめる企業は非常に少ないということが、ITRの調査で明らかになっている。

 多くの国内ユーザー企業は、自社のセキュリティ要求を明文化していない。「社内の機密情報を社外システムに保管すべきではない」、「“雲の向こう側”にあるから何となく不安だ」といった感覚的な部分からSaaSを不安視している企業が多いのが実情だ。

 こうした不安を解消するために、SaaSベンダーはセキュリティに関する情報をできるだけ多く開示することが必要である。この点では、多くの SaaSベンダーはすでに策を講じている。例えば、総務省の指針に基づいて財団法人マルチメディア振興センターが審査する『ASP・SaaS安全・信頼性に係る情報開示認定制度』(http://www.fmmc.or.jp/asp-nintei/)の認定を取得したSaaSについては、セキュリティやベンダー内運用体制に関する多くの情報が開示されている。

 対するユーザー企業は、「要求が明文化されていないかぎり、社外サービスが自社要求に合致しているかどうかを判定することはできない」という当たり前の事柄を肝に銘じ、自社のセキュリティ方針/基準を明確化/明文化する必要がある。

 現状、SLAを提示していないSaaSベンダーは意外と多い。また、SLAを提示している場合でも、稼働率のみであるケースが少なくない。だが、SaaSベンダーに対するユーザー企業の不安を少しでも解消するにはSLAの提示が必須だ。稼働率以外のSLAの提示も求められるだろう。

 なお、Amazon EC2(Elastic Compute Cloud)のSLAは稼働率99.95%(月に最大22分の停止)だが、オンプレミス型システムの経験からか、それ以上の稼働率を要求する国内ユーザー企業が多い。しかし、本当にそのような高い稼働率保障が必要なのかどうか、SaaSを利用することによるビジネス的価値/コストと比較しながら検討し直す必要がある。例えば、Amazonが99.95%の稼働率を保障するEC2上で世界最大のECサイトを展開し、大きな成功を獲得していることを考えたら、過度なSLAの無意味さが分かるはずだ。

カスタマイズ性に対する姿勢

 SaaSベンダーにとって最も大きな課題は、カスタマイズ性かもしれない。メインフレーム時代に散見されたように、現場の意見をすべて受け入れて実装する必要はないにしても、SaaSによって提供されるサービスの多くは、カスタマイズ性が不十分だ。パラメータ設定によってわずかな機能選択ができる程度で、それ以上の機能追加は不可能であるケースが多い。

 セールスフォースが多くの国内ユーザー企業に受け入れられた理由の1つとして、PaaSである「Force.com」の存在が挙げられる。国内 SaaSベンダーは、カスタマイズ項目の増加や機能強化だけでなく、PaaS機能の提供、開発/マッシュアップ用APIの提供などについても検討するべきだ。一方、ユーザー企業は、SaaSにオンプレミス型システムと同等のカスタマイズ性がなくても、そのビジネス価値を最大化できる適用領域を見極める必要がある。

 最後に、コスト総額について考えてみたい。企業システムの選定にあたっては、一般的に5年程度の期間における総システム支出とそのシステムがもたらすビジネス価値を考慮してシステム選定が行われることが多い。中規模以上の企業システムになると、SaaSの総支出はオンプレミス型システムに比べて著しく増える傾向にあり、それが理由でSaaSの採用を見送る企業が非常に多い。多くの国内SaaSベンダーは投資回収期間を短めに設定することが多いので、長期間で考えるとユーザー企業の総支出が過多となるのだ。

 SaaSベンダーは、長期的/戦略的視点に立った価格設定を行い、まず多くのユーザーを獲得することを目指すべきである。一方、ユーザー企業は SaaS採用時のコスト・メリットを試算する際、現行システムのハードウェアとソフトウェア費用だけを計上するのではなく、システム運用保守にかかる人員、ストレージ費用、データセンター費用など、当該システムに関連するすべてのコストを洗い出して、SaaSと比較するべきである。

 これらの提言はSaaSだけでなく、クラウド・コンピューティング全般についても言えることだ。クラウド・コンピューティングが一過性のブームで終わることなく、新たな革新的パラダイムとして国内ユーザー企業が多くの価値を享受するのに、本稿が少しでもお役に立てば幸いである。

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