経営戦略 [JBpress] 2010年02月24日

顧客が驚く金型技術と社長の手品(伊藤製作所・三重県)

 今では現地技術者も育ち、日本で大量受注した時には、フィリピンの技術者がCADで設計し、データをネットで本社に送ってくる。また本社の製造現場が忙がしくなれば、フィリピンから技術者を呼んで支援してもらうなどの体制が整っている。

ちなみに伊藤社長によれば、フィリピン工場では「適当にやっといて」「任せるよ」「程ほどに」などの曖昧な言葉や態度は絶対に避けるべきだという。彼らは態度を明確にしなかったり譲歩したりすると、「あの人は交渉能力がない」「簡単にだませる相手だ」と思われてしまうという。

 自分が習得したスキルを他人に教えたがらないのも、海外諸国の一般的な傾向である。自分の存在価値を示したいためであろう。

 この点を意識改革するために伊藤氏は、「日本では幅広いスキルを修得した者が高い給与を得る。自分が習得したスキルを部下に教えて、その仕事を任せないと、自分が新しいスキルに挑戦する時間が持てないだろう」と説明している。その結果、現在では従業員同士がスキルを教え合い、いかに他の人に教えているかをアピールするようになってきた。

将来の金型企業の理想像

 伊藤社長の新入社員教育も一風変わっている。ゴーカートのキットを与えて、組み立てさせるのだ。1台100万円ほどのキットだが、自動車の構造が分かるとともに、仕事の段取りや、工具の使い方なども学べるという。「ずいぶん変わったやり方ですね」と問いかけたら、「手品と同じで、相手の度肝を抜いて意識を変えるんです」と言っておられた。

 こうして見ると、伊藤製作所は将来の金型企業の理想像なのかもしれない。すなわち、金型の高い技術を持ちながら、プレスも行って仕事量の平準化を図り、同時に金型に関するノウハウが漏れないようにしている。

 発展途上国に工場を作って、コストを下げつつも、日本の工場で高い技術を維持し、生き残り続ける。日本では最新鋭の設備を入れ、極力省力化する。そして、社長はその人柄と手品で周囲の人を魅了する。

 澄夫氏の息子である伊藤竜平氏は伊藤製作所に入社し、帝王学を学びつつ、新しい試みを次々と成功させているという。フィリピンと日本の架け橋となっている金型企業にこれからも期待したい。

橋本 久義   Hisayoshi Hashimoto 政策研究大学院大学教授。1945年福井県生まれ。1969年東京大学工学部を卒業し通産省入省。鋳鍛造品課長、中小企業技術課長、立地指導課長、総括研究開発官などを歴 任。94年埼玉大学教授、97年から現職。著書に『町工場の底力』『町工場が滅びたら日本も滅びる』など多数。

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