グローバル化 [ダイヤモンド・オンライン] 2013年09月24日

ニッポンのグローバル化はいつだ!? 
―世界は日本人のビジネスをこう見る【最終回】鯨を巡る日豪「協調外交」の行方は?

議論がかみ合わない
鯨を巡る日豪の争い

 最終回の今回は、ややセンシティブではありますが、日本のグローバル化にとって避けられない問題を取り上げたいと思います。日本がオーストラリアから国際司法裁判所で訴えられている捕鯨問題です。筆者がオーストラリアの農業誌「ウェルス」(2013年7月5日付)に書いたものを引用し、あらためて述べてみようと思います。

 オーストラリアが2010年5月に日本を相手取って同裁判所に提訴し、調査捕鯨の中止を求めたことは記憶にあるかと思います。今年7月、その口頭弁論がハーグの国際司法裁判所で行われました。オーストラリアでは、そのニュースを公共放送ABCが、残虐な血染めの捕鯨ビデオと共に繰り返し放映していました。

 日本側は捕鯨は「科学的な調査であり日本の文化だ」と反論。オーストラリア側は「科学的調査であるはずがない」と主張していました。この訴訟、早ければ年内にも判決が出る予定です。

 口頭弁論で日本は、オーストラリアも1979年までは当時のフレイザー政権下で商業捕鯨に従事していたと指摘しました。また、南極海で毎年850頭の鯨を捕獲しても鯨の数を脅かすことはないとのデータを公表しています。

 一方、オーストラリアは「日本の主張はごまかし。われわれには鯨が特別に神聖で、カリスマ的なほ乳類であり、殺傷すべきではないという信念が根本にある」などと主張しました。

 議論がかみ合っていないのは、両国の主張が、鯨の数が減っているかどうかのデータの正当性というよりも、感情的理屈が背後に絡んでいることがあるように思われます。要するに、「間違ったことはしていない」と「愛する者を殺すな」という議論には、いつになっても答が出ることはないでしょう。


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